2014年03月

2014年03月14日

今日の見学社

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今日は、
株式会社江浦製作所さま(東大阪市)
合資会社モデックさま(大阪府豊中市)
昭和電工株式会 堺事業所TPM推進室さま(大阪府堺市)
エリモ工業株式会社さま(京都府木津市)
の 4社18名様が見学に来てくださいました。

「仕事を止める勇気を持つ」
この能率より効率をもとめる意義について
意見交換させていただきました。

ありがとうございました。





yama1117 at 16:50|PermalinkComments(0)今日の見学社 

2014年03月11日

あれから三年 大阪の地から応援してまっせ

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 2011年3月11日
あの甚大な被害を出し、今もなお 何十万人もの避難生活者が
残る東日本大震災から3年がたちました。

今日は、日本にとって大切な日です。
この一日をしっかり生きたいと思います。

震災年の12月から半年間12回、朝日新聞デジタル版にコラムを執筆していました。
そのコラムの7回目が震災の1年後だったんです。

そのときに綴ったコラムを、もう一度ここに記します。
東北の皆さんにむけて・・・

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■あれから一年 大阪の地から応援してまっせ

 みなさんは、スラリーって知ってはりますか?
スリラーちゃいますよ、あれはマイケル・ジャクソンの曲です。


 固体と液体がまざって泥のようになる流動体、これがスラリーです。


 うちの工場は5年ほど前から、海水をスラリー状の氷にする装置をてがけてます。
海水をシャーベットのようにする、いうことですわ。


 大手の造船会社から依頼をうけて、設計から製造まで、うちがしてますねん。
その装置は、漁港や水産加工の工場にいきます。魚を冷やすわけやね。
水揚げされた魚を、冷やしたままトラックで運ぶときにも使われてます。


 水産業は高齢化がすすんでいるから、どんどん仕事がはいるわけやないけど、うちが始めっからかかわらせてもろうてて、とてもやりがいを感じる仕事の一つなんです。

 
 昨年の早春も、その装置の製作にかかっていました。納入先は、青森は八戸漁港。
つくりおえた最後の部品を、大阪のうちの工場からトラック便で出荷します。

 ほっとした、その時やった。ゆらゆらとゆっくりした、でも大きなゆれが来ました。
「地震や、震源地はどこや!」。事務所にあるテレビをつけてみる。

画面をみると、太平洋沿岸に大津波警報がでてました。そのうち、大津波がおそいかかる映像がうつし出されます。

 八戸の映像でした。「八戸や!山田製作所から部品を出荷した、あの場所や!
スラリー21さんがいま、装置の設置工事をしているはずや!」


スラリー21、いうのは、製氷機メーカーです。


 現地に電話をいれるがつながらない。えらいっこっちゃ。でも、何もできん。
なので、津波が沿岸をおそうテレビ映像をみて、叫んでました。
「あぁ! 逃げろ逃げろ!」ってね。まさに地獄を映していましたな。

◆阪神大震災の記憶 


 そして思い出しました。神戸をおそった大地震のことを。

 

 1995年1月17日、当時の住まいは東大阪市にたつマンションの14階でした。
 
 午前5時46分、地鳴りのような音に「何や?」と思った瞬間、ベッドが横にうごくような大きな揺れ。飛び起きた。でも、立っているのが精一杯でした。
キッチンから、食器棚が飛び出す音がします。食器がガッチャンガッチャンと
割れる音がしました。

 
 テレビをつけました。アナウンサーは、緊張した面持ちで、大きな揺れがあったことを伝えています。でも、詳細は何も分からない。お昼をすぎて、テレビから情報がはいってきました。神戸の状況がだんだんとわかってきました。
 

 阪神高速が横倒しになっている。たしか、日本では高速道路は落ちることはない、と専門家が言っていたはずなのに。あちらこちらから火の手もあがっていた。


 これは、6434人の命を奪った阪神大震災の、わたしの記憶です。
それから16年たっておこったのが東日本大震災です。

 

◆社員をかきたけた仕事
 
 さて、東日本大震災の翌日、朝礼で、被災地の支援について話し合いました。
義援金を会社から、そして社員会からも送ることは確認したんやけど、それだけでええんやろか、とずっと思うてました。 


 いま、日本はピンチに遭遇している。西日本で製造業をしている山田製作所は、どうすればええんやろか? 自社の仕事を通じて貢献していくことが、いちばんの復興支援になると信じたい。でも、テレビでは、ボランティアが東北へ向かうニュースを伝えている。なんかイライラしてしまう。おれらは東北のために何にもできんのか?

 
 そんな気持ちで、わたしや社員らは、夏を迎えました。ある日、スラリー21の部長さんから、電話がはりました。


 あの装置を大船渡に設置する、とのことやった。漁船が動き出し、港に魚が水揚げされてきたのだけれど、魚を冷やす氷がない。だから、装置をつくってほしい、とお声がかかったんです。


 うちら社員全員、奮起しました。仕事を通じて東北に貢献するチャンスや、しかも、間接的ではなく、自分たちの手でつくるものが、直接被災地に設置されるんや。


 材料であるステンレスの板を切るときから、気持ちがこもる。おっと、もちろん、日々の製作物にも、心はこもっとります、はい。

 ただ、復興という文字が、社員の気持ちをかき立てていました。


 完成した製品をトラック2台で運ぶ。その1台のハンドルは、うちの専務、つまりわたしの弟が握ります。向かう先は、岩手県大船渡、壊滅的な被害をうけた漁港に向けて……。


 そして秋、わたしは、大船渡や陸前
高田など被災地をたずねました。
街が、人の営みが、すべてなくなってしもうた風景は、言葉に表せないほどのショックやった。身近な人たちを目の前で亡くした方々の気持ちを想像した。
亡くなった方たちの悔しさを思うた。


 大船渡の町はずれに、スポーツ用品店が、プレハブで営業しとった。破壊された商店街の中に、ポツンと写真屋さんが営業しとった。


 お客さんはおるんやろか? いや、そんなのは関係ない、地域に根ざして経営を維持する、それが中小企業のど根性や。


 すべて流されてしもうた会社では、新入社員ががんばっとった。そして、漁港には、うちらがつくった製氷器があった。「がんばっぺし大船渡」の文字が書かれていた。
熱いものがこみあげてきました。


 日々いっしょに過ごす人たちと、当たり前のように、いつもと同じ一日をすごす。
このことが、どんくらいおおきな幸せなのか。身にしみました。


 亡くなった方々のご冥福を、心からお祈りいたします。そして被災されたみなさまに心からお見舞い申し上げます。

 
 悔しい思いが一年つづいている。あの震災と原発災害に、今まで当たり前と思っていた価値観や生き方、そして会社のあり方なんかを、もういっぺん考えることが必要なんやと思いしらされてん。

 大阪にあるうちらの街も、小さな工場が立ち並ぶ地域や。もっともっと、地域の絆を考えていかなアカン。それを教えてもろたのが、被災地のみなさんの姿やった。

 応援してまっせ、大阪の地から。頑張っていきまひょや! 

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●2012年3月12日 朝日新聞デジタルのコラムより 



yama1117 at 09:29|PermalinkComments(0)つぶやき 

2014年03月07日

今日の見学社はキルギスから

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今日は、中央アジアのキルギスより、10名の企業マネージャーたちが
来てくれました。

キルギスは、ここ数年間、熱心に日本に来られていますね〜

さて
テーマは、「カイゼン」→3S(5S)活動です。

もうこの言葉は、世界共通語ですね。
トヨタ生産方式などと同じように世界で勉強されている言葉です。

しかし、表面上の知識は学んでおられるでしょうけど、本当の意味
までは理解はできていないですね・・・

日本のものづくり文化がなぜ世界一なのか!
そこを学びに日本に来られているのです。

さてさてどれだけ理解していただいたかな?





yama1117 at 17:47|PermalinkComments(0)今日の見学社 

2014年03月01日

行って、逃げて、去って・・・

中学校のとき、先生から
「1月は“行く” 2月は“逃げる” 3月は”去る”」って言う
年初のこの3ヶ月は、あっというまに過ぎていく・・・
って教わったのを、毎年この時期に思い出します。

年々この あっという間 が短くなっている感もします。

だからこそ時間を大切にしなければいけませんね・・・
わかっているんやけどね・・・・ 

yama1117 at 11:32|PermalinkComments(0)つぶやき